Blog
 
介護のあり方、地域での介護のあり方、
そういうものに興味を持っている。
 
自分ごとでもあるが、
これから大きく抱えてゆくこの国の課題だから。
 
いろんなことが表面に出てきている。
誰もが自分ごとに、いつかなる。
 
介護するという点でも、
介護されるという点でも。
 
なかなかいい記事だったので、
みなさんにシェアしたい。
 

 

 

 

「介護というものがない時代があった」ということです。

 

病気もいまとは違いますから、

ほとんどの高齢者が数日から数週間、

自宅で床について亡くなる。

長生きし、

かつ他者の世話を必要とする高齢者が当たり前になったのは、

ここ半世紀ぐらいの大きな変化です。

だから昔たまたま長期の介護をすることになった人は、

なおさら大変でした。

 

――家族に介護してほしいという人も

       多いのではないでしょうか。

私たちは家族のつながりと

介護のつながりを結びつけてとらえがちですが、

家族を介護した経験がある人たちへのインタビューで

「ご自身は子どもに介護してほしいですか」と聞くと、

「してほしくない」という人ばかりだったのが印象的でした。「いかに大変かを知っているから」と言うのです。

 

介護が必要となることへの不安は、

体が動かなくなることや

記憶が失われることなど自分の変化よりも、

それによって家族が働けなくなったり

それまでの生活をあきらめたり、

家族に影響を与え、

いわば犠牲にすることへの不安が大きい

 

家族への影響を心配することなく、

どんな介護を受けたいのか、

自分の意思を安心して表明でき、

その実現を多様な人たちが助けていく。

意思の表明が難しい状態でも、

多様な人たちがそれをくみとり、支援できる態勢をつくる。

一人暮らしの人も、家族との関係が必ずしもよくない人も、

安心して生活できるようにする。

それが結果として、

介護する人の負担を軽減していくことになります。

 

「名もなき家事」やケア、保育の問題もそうですが、

家庭内でフタをしてきたことを、

いまは再評価する時期なのです。

ようやく見えるようになったのに、

財源論などでキャップをかければ、

また見えないようになるだけです。

当事者が語り始めたことに、再びフタをしてはいけません。

私たちは「これはあるべき状態ではない」ことを出発点に、

何が必要なのか、

臆せず求めていくべきです。

 

 

 
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「道(DOU)」という季刊誌で、
髙坂を12ページにも渡って特集。
ちょい読み&ご購入は以下より↓↓
 
 

 

髙坂(や仲間と運営する SOSA PROJECT)よりご提案

電気代が上がっています。

ハチドリ電力に変えませんか?

簡単で〜す(^^)↓

 

 

     髙坂勝の著書 

 

 

以下の本の3章と4章で 髙坂も
平田オリザさんと藻谷浩介さんに混じって鼎談しています。
 
以下の本の第6章全体で、
髙坂/タマツキ/移住者のことを取り上げてくれています。

 

 

 

 

 

 

 

—–

コメントは利用できません。