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11月23日の日比谷での「藤本敏夫氏没20年記念・とことんオーガニック」シンポジウム。
こんなに嬉しく楽しいシンポジウムはそうそうない。

基調講演の斎藤幸平氏が登壇の後、
トークセッション3『有機農業これからの50年〜対立から連携へ』。

今、有機農業を広げている若手キーマンたちがステージに揃う。

ファシリテーターは日本オーガニック会議事務局長の小原壮太郎さん。
10年程前、人生の軌道修正を図っている頃に
俺のOrganiic Bar に通ってくれたり、
SOSA PROJECT でも米作りをした。

他5人の登壇者は、

市民を農へのアクセスを近づけた「マイファーム」代表の西辻一真さん、


IFOAM organics (国際有機農業運動連盟)世界理事の三好智子さん、


環境パートナーシップ会議副代表の星野智子さん、


日本自然保護協会主任の藤田卓さん、


神奈川で有機農業を営みつつ有機農業参入促進協議会代表の千葉康伸さん。

かつて、社会運動というと、政府と対立しながら進んだ側面がある。
しかし、反対運動がどうしても重要な側面があるにせよ、
一方で互いが連携しながら物事を進めてゆく傾向が増えている。

俺自身、さまざまな反対運動をしてきたし、
喫緊に差し向けられた課題や国家暴力には、対立で向き合うしかない。
しかし、それだけでない。
互いに理解しあい、政府や立法や行政の想いある方々と協力しながら、
システムを変えてゆくことが顕著にみられてきている。

企業や産業団体だと癒着になるだろうが、
特に俺も含めて若い世代ほど、
政治への働きかけで利益の見返りを求めるような傾向は少なくなっている。

純粋にこの腐った社会を変えたいし、
政治家や行政の中にもそうした想いの方々が増えているだろう。

登壇した6人の方々たちの身を挺したアクション、
まさに政治や霞ヶ関に淡々と農業改革をロビイングしてきてくれて、
霞ヶ関との連携に交わっていき、
画期的な「みどりの食糧戦略」が出来上がったのだ。

それが顕著に表れている場面があった。

加藤登紀子さんが
「今後、法律を変えてほしいとか、
  こうしてほしいという霞ヶ関への要望をこの際、
    副大臣や元事務次官に伝えては?」
というと、
有機農家の千葉さんは「特にない」と言い切る。
自分は自分にできることをしているから国に頼ろうとは思わないと。
マイファーム代表の西辻さんも登紀子さんの投げかけに、
「特に自分達からの要望はないが、
  富が偏るような税制を変えるべきだ、
   取れるところから取り、それを社会に分配してゆくことを求める」
的なことを話した。

俺もそう。自分はなんとかやっていける。
でもこの社会で虐げられる人たちやこの国の未来を、
もっといえば、この地球に住む人類の誰もが安心して暮らせる未来を想って活動しているのである。

マイファームの西辻さんはすごい冷静にまとまりのあるお話をできる方で、
すごい説得力があった。

昔から通称モコちゃんと呼んで長い付き合いになる環境パートナーシップの星野さんや、
千葉でも活動し世界でも活動し霞ヶ関にアプローチする三好さんや、
自然を愛しその視点から発する藤田さんや、
みなすごい魅力的で、彼女彼らにすごく感謝の気持ちが湧いた。

そして、このトークセッションを通じて、
農水省が打ち上げた「みどりの食糧戦略」の影の立役者たちの存在を知ったのだ。

当日はスタッフとして動いていて、
かつて緑の党で一緒に活動した郡山昌也さんが、
後日、日本オーガニック会議の霞ヶ関や政治家への働きかけの資料をたくさん送ってくれた。

そこに登場しているのは、
トークセッション1で登壇した有機農業のレジェンドの長老たちや
このシンポの主催の徳江さんや、
このトークセッション3に登壇した若手6人たちや、
このシンポジウムを企画運営されている郡山さんも含む多くの想いある方々なのだ。
他にも顔見知りの方々が、、、。

まさに、「対立から連携へ」。

時代の課題は大きすぎるが、
それでも諦めずにこの世の中を変えようとしている大先輩や若手の方々に想いを馳せ、
自分も自分のできることをますます励んでいこう、
仲間たちが日本中にいる、
と励ましと勇気を貰えた(^^)

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